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2011年8月28日 (日)

大森〜蒲田界隈の昭和ばなし

東京の南部・大森に住んでいる。

住んで1年にもならないけど、または、ならないので、

この辺りは昔どんなだったのか興味がある。

近い昔について知る人たちに聞いたりする機会が

それほどあるわけでもない。

そんなことを思いながら図書館の本棚の間を歩いていると

『古董屋アルジの時代ばなし』という本が目にはいった。

P1020529
何気なく開いてみた。

蒲田で「翠石堂美術店」

という店をやっていた高橋功一さんという方が

永年書きためたものを本にしたもののようだ。

平成4年の刊行。

口絵に昭和20年代30年代の商店街の人々や工場の人々、

蒲田駅50周年記念アーチの写真なんかが載っていて

その頃の大田区の空気を吸った人の生の姿を感じる。

詩吟や浪曲に合わせて踊る「組踊り」を披露する

衣装姿の著者が決まっててかっこいい。

こういう義士外伝や近藤勇などを

結婚式や何かの会で踊るのって見ないな〜最近。

近くの平和島駅辺りの商店街の由来なんかが書かれていた。

戦前まで、大森随一を誇る商店街で、

毎日お祭りのように夜店が出そろって賑やかだった。

照明灯のカーバイトが夜空を明るくするほどだったと。

カーバイトはいまの露店用の裸電球の代用品。

露店を取り仕切っていた土地の親分は平林角蔵といい、

地元にある海難供養塔建立に貢献して名をとどめているとのこと。

いつの海難だろう。調べてみよう。

そういえば、この本を借りた図書館の脇になぞの石灯籠があって、

よくよく説明板を読んでみると、

戦前には海岸のほうにあった灯籠で

地震で上のほうや一部が欠けてなくなって

近くの寺に置かれたりして転々としたあと、

復元して今の場所に落ち着いたということ。

気をつけてみると日常通る場所に過去の名残りがあるんですね。

大正7年に東海道が拡幅される話が持ち上がったとき、

その商店街・美原通りの人々が

立ち退きに反対して道路はその西側に新設されたとのことです。

明治5年に鉄道が開設されたときも

郊外の一寒村だった大森は海苔採取と麦藁細工に明け暮れる場所で、

オカジョウキは煙を出し、ローガイ(肺病)になるし、

火花で火事がおきるから

線路が通るのをふせがにゃならないと運動したんだそうで。

近くの平和島駅あたりが昔どんなふうだったかのか

想像するよすがになって楽しいものです。

戦後、20年代から30年代の初めごろには、

大森白木屋の人形売り場の売上は

大森海苔業者の今年の出来具合の景気で左右されたほどだった

という話なんかも

書いておかないと誰にもわからなくなってしまうことだな〜と思う。

聞き書きっていう活動があって興味をもっている。

この高橋さんのように自分で書いておける人はごく少数で、

多くの人はだれかが尋ねれば語ってくれるけど、

そうじゃなければ記憶をそのままあっちの世へ持って行ってしまう。

聞いて残しておきたいことが身近にたくさんある。

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