カテゴリー「東京都大田区」の15件の記事

2017年2月15日 (水)

すてきなシェアハウス発見

「シェアハウスというよりは
“文化住宅プラス”という呼び名の方が
しっくりくるかもしれません。」
と紹介されている物件が、近くにあると知り
わーー
と思い、住んでいる地元を見直した次第です。

とかく壊されてしまう木造アパートが、
こういう形で生き返るのは、
いいことだな~!

Img_0931_2

外観だけだと、ちょっとわかりにくいですねー。
こちらに中の写真が↓↓

>>すてきなシェアハウス

大田区は、銭湯もたくさんあるからだいじょうぶだよ。

こういうところもあるし。 >>大森ロッヂ

近所にこういう雰囲気のところがあると
なんだかうれしい・・

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 和の暮らしへ
にほんブログ村

2012年4月10日 (火)

梅ちゃん先生、地元も応援でいろんな動きが出ています

NHKの朝ドラ『梅ちゃん先生』が始まって、
蒲田が舞台とあって、地元では
ドラマのパネル写真展や昔の写真展などの催しが行われています。

うちは蒲田と大森の間くらいの場所ですが、
同じ大田区とあって、蒲田の昔を知る老人も多く住んでいる地域。

先日、回覧板でこんなのがまわってきました。

P1050540a
家庭のアルバムなどに眠っている
昔の風俗がわかる写真はけっこうあるもの。

少し以前は、そんな写真、見向きもされませんでしたが、
最近は、昭和20年代はもとより
40年代くらいでも、レトロに感じる向きも増えました。

「こんなのよくある写真じゃないの~?」
と思っても、見たことない人には珍重されるのです。

これをきっかけに写真だけでなく、
住民の心の中のことも発掘し、
活字にしていくようにしたいです。

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村

2012年1月20日 (金)

梅ちゃん先生クランクイン 蒲田が舞台です

4月から始まるNHK朝ドラ『梅ちゃん先生』の
収録が先月からロケ地茨城で始まったとのこと。

舞台になる蒲田の地元、こちら大田区では
ホームページなどでも話題になっています。
蒲田というと、とかく治安が悪いイメージを
持たれる時期が続きました。
実際、昭和30~40年代ごろには
場所によっては犯罪が多かったとか・・

現在は明るく、風紀も他の街に劣らない街になっているけど、
一度できあがったイメージは
急に変えられるものではないのです。

この度の『梅ちゃん先生』で
戦争の焼け跡から立ち上がる蒲田の人々が
登場することになりました。

それによって、決して上品とは言えないけど、
人間味あふれる飾らない人々がいっぱいいる街として
親しみを持ってもらいたい、なんていう思いが
地元にあることはたしかです。

昨年10月に、蒲田駅ビルの東急プラザさんで催された
「蒲田今昔写真展」でも
歴史ある蒲田を見直し、良さを広く知ってもらおうという
機運が盛り上がっていました。

かつては松竹蒲田撮影所があって
俳優や映画関係者が集ったモダンな場所だった
蒲田の片りんは、実はそこここに残っています。

まず地元人が街の良さを再発見して、
訪れた人にも知ってもらおうと
「梅ちゃん先生」推進委員会というような組織を
作る動きもあるようです。

ドラマはあくまできっかけとして、
良き蒲田を再発見していく動きに参加していきたいです。

2011年11月26日 (土)

大田区にはお風呂屋さんが多い

大田区にはお風呂屋さんがわりと多い。
いっぽう、東京でもあちこちで廃業するお風呂屋さんが多い。
前に住んでいた、文京区の根津神社のすぐ近く、山ノ湯。
震災で設備が故障したためしばらく休業
って張り紙がしてあったけど、
どうしただろう、再開したかな〜。
根津あたりも、もうひとつの宮の湯がすでにやめてしまったから、
もし山ノ湯までなくなっちゃったら
お風呂のないアパートも存続できなくなってしまうだろう。
そうすると、町並みまで変わることになりかねない。

大田区・・の中でも大森から蒲田あたりには、
まだまだお風呂屋さんが多く残っていて
お客さんもわりと多い。
気軽に楽しめる(450円!)レジャー感覚だったり、
もっと馴染みの人にとっては暮らしの一部。
やっぱり家のお風呂よりあったまるし、
このあたりは温泉がひかれてるお風呂屋さんも多いから、
家のそばで温泉気分、ってわけですね。
うちから一番近いお風呂屋さんも温泉です。
「疲れた〜」と思う日や、
「あったまりたい」と思う日、
気分転換にもいいです。

2011年10月17日 (月)

我が街を愛する気持ちをみんなで盛り上げる

先日来、聞き書き・大田区民の会として活動に参加していた
蒲田今昔写真展が終了しました。

P1030165

昭和ヒト桁に生まれてずっと蒲田周辺で暮らしてきた方は、
戦前の写真もぜひ探してほしいとおっしゃっていました。
蒲田は昭和20年の4月15日に空襲を受けて
ずいぶん焼けてしまったそうです。
多摩川に逃げた人が大勢いてたくさんの人が亡くなったそうです。

古い写真の場所が特定できていなかったものが、
来場者の方の記憶から判明したものもありました。

駅舎や駅通路の写真では、
「ここを毎日通ってた」という人が何人もいて、
いまはご年配の方々が、
「中学生だった」「高校生だった」
と懐かしそうにお話されました。
「学校の規則でお下げ髪だったわ〜」
と、71歳だというご婦人が笑っておっしゃいました。

買い物で通っていた商店街の写真、
陸橋の開通式・・

みんな、それぞれの節目節目の思い出とともにある
街の風景だということが伝わってきました。

今度は隣りの地域についてもやってほしいという要望も
たくさんありました。

駅ビルの企業と観光協会と住民ボランティアが協力しあって、
自分の街を愛する気持ちを盛り上げるのは
とても良い企画だと感じました。

P1030164


P1030161

にほんブログ村 地域生活(街) 東京ブログへ
にほんブログ村

2011年10月15日 (土)

池上本門寺 お会式 初めて見た

P1030095

わたしが大森に引っ越してきたのは、去年の10月末。

池上本門寺のお会式を初めて見ました。

来るつもりでもなかったんですが、
ちょうど6時すぎごろ自転車で帰宅途中に通りかかると
ずいぶん人が出て、笛や太鼓の音が賑やかなので、
光に集まるガのように、
スイ〜ッと、寄って行きました。
正門のところにちょうど
あの花のついた笠が並んで通るところでした。

P1030097

お祭りはやっぱり心が浮き立つものですね〜

日蓮聖人が亡くなった13日を中心にした行事なんだそうです。
日蓮聖人が亡くなられた時、
庭先の桜が時ならぬ花を咲かせたという故事から、
「万灯」という、
紙で作った花で飾った宝塔を掲げて行列するのが
万灯行列だそうです。
             
その万灯を先導するのが、
江戸の火消し衆が参拝したときに始めた纏(まとい)。
やっぱり関東人の心には
その動きとが、鳶のはっぴ姿とともに、
スカッと威勢がよくていい気分です。

鉦や太鼓や笛の音とともに
いろんな万灯がつぎつぎに進んでいくのが見飽きない感じです。

この界隈では一大イベントで、
普段は車の通りの多い池上通りも
通行止めになって万灯行列が通っていました。
大森ダイシン百貨店の送迎バスも中止になるという、
地域ぐるみの一大行事なのだ・・

ここで日蓮聖人が亡くなったという場所なんだから、
記念すべき霊跡なんですね。

わたしは引っ越して以来何回も訪れました。
根津に住んでいたときで言うと
谷中墓地や寛永寺にあたるお散歩道として
楽しませてもらっています。

歌舞伎の片岡家や力道山や花柳章太郎のお墓などもあったりします。

見上げるばかりに急な長い石段は
映画なんかにも使われているようです。

向田邦子ドラマでも
舞台は本門寺のそばってことになってるものがありました。
田中裕子・小林薫主演の『いとこ同士』なんか印象深いものです。

地域の名所は親しみがあるとともに
地域の誇りでもあるんですよね。

大勢の人で賑わったあと、
地元の人が静かに散歩する場所に戻った本門寺がまたいいです。

2011年10月14日 (金)

蒲田今昔写真展「懐かしい、来て良かった」

蒲田東急プラザで開催中の今昔写真展。

12日から、わが「聞き書き・大田区民の会」も参加して
来場者の人たちの
「懐かしい・・来てよかった・・!」
という声をたくさんすくい上げています。

写真はおもに、駅前や商店街、駅ビル工事、陸橋建設などの風景なんですが、

「ああ、ここ通ってた」
「この年に学校を卒業したんだ」
「ここに街頭テレビが出て力道山を見てね〜」

などという、
写真の風景の中にいた若かりし自分を
心の底からいとおしみ、なつかしむ
「叫び」とも言うべき熱い声が、続々と会場に響いていました。

写真の前でどなたかにそんなお話を伺っていると、
お隣で見ていた方も一緒になって

「そうでしたよね〜」
「うちはここの一本むこうの路地を曲がったところだったの」
「ここになんとかストアーっていう店があったよねえ?」

などと、
古い知り合いのように話がはずんだりしていました。
いいものですね。いっしょのところで暮らしていたってことは。

「今昔」という名称のとおり、
昔の写真と同じ場所と思われる場所の
現在の写真を新しく撮って一緒に展示してあります。
中には、
「通りが一本違うよ」
と指摘されたものがあったり、
どこだかわからなかった場所が
来場者の方によって解明されたり。

皆さんの記憶はほんとに鮮明で、
細かいことまでよく覚えていらっしゃいます。

昭和30年代まで、駅も街もとても粗末なんですが、
それがまた、いやなこととしてではなく、
「きったなかったけど、楽しかったな」
という思い出となっているみたいに見えました。
みなさん、なんともいえない
幸せをたたえた笑顔でお話をしてくれる方ばかりです。

松竹撮影所のあった流行のさきがけだった蒲田から、

高度成長を支えた労働者が集まった蒲田、

風紀が悪くて事件も多かった蒲田、

そうして今また、

そんな毀誉褒貶を経た、たくましい庶民の町としての蒲田。

そこに暮らす人たちに、

「かっこよくないし評判も良くないけど、

な〜んか居心地悪くはないんだよね」

という程度に愛される町なんですね、蒲田は。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへ
にほんブログ村

2011年10月 9日 (日)

蒲田駅東急プラザ今昔写真展で蒲田を見直そう

10月8日から16日まで
蒲田駅、東急プラザ4階イベントスペースにて
蒲田今昔写真展
やってます。

P1030045


おもに昭和30年代の蒲田の
普通の街の様子が写された写真が多く出品されます。

目立たない場所だからどうか?
と懸念された人出も、
きのうは予想をはるかに上回って
会場にいたスタッフに声を掛けてくる人がとても多かったそうです。

大森〜蒲田あたりの人って、知らない人にも気軽に声をかける人、けっこういるんです。気取らない街です。

わたしの属する「聞き書き・大田区民の会」も
12日(水)〜16日(日)に
そういう来場者の方のお話をすくい上げたいと、
会場で聞き書きの活動をします。

昭和30年代の蒲田は、
全国からたくさんの、
中学を卒業して工場で働くために集まった若い人たちが
暮らしていました。
今あるいくつかの「区民センター」施設は
そういう人たちが勉強したり集まって話したりする
「ひとりぼっちじゃない」
を目的とする施設が原型になっています。
日本が歩んだ戦後の発展の道筋を支えた
大きな潮流の真ん中に蒲田もあったわけです。

現在の姿からそういうことに思いをいたす人は少なくなりましたが、
かつての主人公たちは今もたくさん
蒲田の周りで生活しています。

日本全国どこだってそうですが、
とるに足らない場末
というだけの場所はありえません。

地元で43年住民とともに歩んで、
街の一員として地元蒲田を盛り上げたいという
東急プラザさんの気持ちも徳です。

それを脇から協力・応援する人々が
いっぱい手を挙げるというのも地域として明るいことだと思います。

わたしは、いつもはそういう催しには消極的で
黙ったまま知らんぷりしている人なんですが、
最近ちょっと出て行こうかな・・
っていう気持ちも持つようになっています。

自分だけちっちゃな幸せにひたっていればいい・・
っていう気持ち、あります。
だけど、一人っきりじゃ生きていけないしね。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへ
にほんブログ村

2011年10月 7日 (金)

聞き書きで普通の人の肉声を残そう

きのうは
「聞き書き・大田区民の会」
冊子づくり打ち合わせ会に行ってきました。

「聞き書き」は、聞き書き学会というものがあるのにかかわらず、
まだ世間に流通する共通概念にはなっていないような気がします。
けれども、昔から同様の行為は行われて来たと思います。
古いことの中に、普遍的な精神的エッセンスが存在していて、
どんなノウハウ本を読むよりも示唆に富んでいます。
そのことに受け手が気づくか気づかないか、なのです。
聞き書きという行いには、そういうことを考えさせる要素があります。
経験した人の肉声には聞き手を感心させる力があります。
大田区で
聞き書きによって多くの肉声が拾い上げられ記録されていくといいな、
と思っています。

2011年9月30日 (金)

街の姿 今と昔

大田区蒲田。

そのイメージは現在、あまり良いものではないと思います。

なぜか、柄の悪いところ、汚ないところ、というイメージを持たれています。

そんな蒲田でこの度、

「蒲田今昔写真展」という催しが開かれます。

とき 10月12日(水)〜16日(日)10:00〜20;00

場所 蒲田の駅ビル東急プラザ 4階イベントコーナー

蒲田はたしかに、駅前なんかはゴチャゴチャしていて

柄の悪そうな人が歩いている気もしました。

でもよく見てみると柄が悪そうに見える人も、

ただ飾り気がなくてちょっと品がない(?)だけっていう場合も多いです。

そうして、例えば居酒屋のような場所で話してみたりすると、

苦労人が多くて

いろんなバックグランドを持った人たちだということがわかります。

蒲田は、例えば昭和の初め、戦前のころには

松竹映画の撮影所があって

「流行は蒲田から」

と言われるくらい、

俳優さんたちが集まるモダンな憧れの場所でした。

そのほか、大倉陶園や三省堂印刷所、各務クリスタルなどの会社も集まっていました。

地方から東京を目指してやって来た多くの人が

夢を追って働いていた一大舞台だったわけです。

今回の東急プラザでの写真展では、

おもに昭和30年代の蒲田の写真が出品される予定です。

したがって、その時代の空気を実際に吸っていた人たちに、

写真の中の世界のことを話してもらおうという企画も混じっています。

古い写真は、ただ漠然と見るだけでは

「シロクロでレトロだな〜」で終わってしまいます。

ところが、そこに写っているもののすみずみにまで

時代の空気が満ちているのです。

たとえば、先日は、

昭和30年代の蒲田駅前工事現場の写真で、

今でいう「コーン」の形について、いろいろあった、と話している人がいました。

看板も写っているので、

店の名前などを覚えている人がいるにちがいないとも思います。

ささいなことこそ知られないまま、

だれにもわからなくなってしまうことが歴史上にあふれています。

街も人も魅力があるのに、不当に(?)

「治安の悪い街」のような汚名を着ている蒲田よ、

その汗と涙と笑いで形づくられてきた道筋を少しでも知らない人たちに伝えて、

以前そうだったように、

住民からも通りがかりの訪問者からも愛される街に

少しずつでも変わっていってほしいぞ〜

みなさんの街は歴史と現在の姿とで一致しているでしょうか、

それとも変貌しているでしょうか。

P1020974

Author

  • 自分なりにがんばってるけど、な~んかのろくて追い越されてばかり。だから、できないことを受け入れて生きるのがよい、とわかりました・・やっと(^O^)。動物好き、古道具好き。
フォト

ブログ村

  • ブログ村ランキング 同好の方と楽しくお話したくて参加しています
  • にほんブログ村 ライフスタイルブログ スローライフへ

リンク

  • ◎うぶだし協業組合の直営店「好楽古」店主さんが今治弁で語る、店の話、骨董・古道具市の話・・・私のほしいものの写真もいっぱいなんです
  • ◎レシピやレトロやキモノ・・憧れのライフスタイル満載の
無料ブログはココログ